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東京地方裁判所 昭和57年(特わ)2541号 判決

主文

被告人を懲役二年六月に処する。

未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。

理由

(被告人の経歴、本件犯行に至る経緯等)

一  被告人の経歴など

被告人は、昭和二〇年三月陸軍士官学校を卒業し、一時軍務に服して終戦を迎え、昭和二四年三月京都大学工学部燃料化学科を卒業し、昭和二五年ころ大阪において、硫酸等の工業薬品の販売を目的とする太洋産業株式会社を設立し、更に太洋商事株式会社等数社を設立するなどして事業を経営していたが、昭和四二年から二期連続して大阪六区選出の民社党所属衆議院議員となり、昭和四七年の総選挙で落選したことから、選挙区の大阪を離れ、東京を中心にして事業活動に専念することとし、昭和五〇年に上京して東京農林株式会社(以下「東京農林」という。)を買収し、その代表取締役となった。東京農林は東京都港区《番地省略》に本店と事務所を置き、食品の製造販売等を営業目的とするもので、被告人は、買収後資本金を一億円に増資して、農林水産関係の事業や特許等いわゆるノウハウの事業化などに手をつけるに至ったが、そのため一事業一会社を方針として十数社からなる関連会社を設立し、東京農林を中心とするグループ(以下「東京農林グループ」という。)を形成して、それらの会社の経営を支配してきた。このように被告人が東京農林グループにおいて行った主な事業は、固形牛乳、自動点火煙草や琴の調律器の製造及び販売、人造大理石の製造、接着剤の輸入及び販売、台湾石門ダムの浚渫等多岐にわたるが、そのほとんどは収益を挙げるに至らずに終わっている。ところで、東京農林を含むグループ各社の株式は被告人やその近親者が保有していたが、その事業資金は、ほとんど大光相互銀行からの融資で賄われていて、昭和五四年一月ころには、同銀行からの借入れ元本残の総額は七五億八〇〇〇万円余に達していた。その後、いわゆる大光相互銀行事件が明るみに出て、東京農林グループにおける右借入れが不当貸付として問題とされるなどしたため、昭和五四年一〇月一九日、被告人は東京農林の代表取締役を辞任し、代わって、当時専務取締役で、衆議院議員時代の公設第一秘書でもあった高橋薫(以下「高橋」という。)などが名義上代表取締役に就任していたが、東京農林の経営の実権は依然として被告人が全面的に把握し、被告人は、東京農林を含む東京農林グループの実質経営者として、その業務全般を統括していた。

二  東京農林が、フィルム三社の全株式を取得するに至った経緯

1  二〇世紀フォックスやコロンビアなどアメリカ合衆国(以下「米国」という。)の映画製作会社八社は、第二次世界大戦後日本国内で蓄積した利益の大半につき、連合軍総司令部の方針で本国へ送金できなかったことから、共同出資して、昭和二六年ころ、米国ニューヨーク州法に準拠して、日本における不動産の取得、管理等を目的とした会社であるトーキョウ・フィルム・エックスチェンジ・コーポレイション(以下「トーキョウ・フィルム」という。)、オーサカ・フィルム・エックスチェンジ・コーポレイション(以下「オーサカ・フィルム」という。)、ナゴヤ・オーサカ・フィルムカンパニー・インコーポレイテッド(以下「ナゴヤ・オーサカ・フィルム」という。)(以上三社を以下「フィルム三社」という。)及びトーキョウ・フィルム・リアリティ・コーポレイション(以下「トーキョウ・リアリティ」という。)の四社(以下「フィルム四社」などという。)を設立した。この四社は、その本店を昭和四八年七月二六日以降は米国ニューヨーク州ニューヨーク市ロックフェラープラザ七五に、同五三年一二月二九日以降は同市七番街三六三番地一三階ジェレミア・ガットマン方に置き、東京都中央区《番地省略》に日本国内における営業所を設置し、同所に日本における代表者を置いて、国内主要都市の一等地に後記不動産などを取得して事業を営んでいた。ところが、その後の映画衰退状況から右映画製作八社は日本から撤退し、フィルム四社の不動産を処分しようとしたが、これに伴う労働争議や不動産譲渡益に対する莫大な課税を回避するため、フィルム四社の全株式を売却する方式によることとし、昭和五一年ころ、その仲介方を、長らく外国映画輸入等に関係し米国映画関係者とも親交があった米国籍の渡邉登(以下(渡辺」という。)に依頼した。このことを昭和五三年二月ころに知った被告人は、東京農林においてフィルム四社の全株式を取得し、その所有不動産を転売するなどして利益を挙げることを企図し、これを東京農林のプロジェクトとして採り上げた。

2  ところが、これより先に、デービッド・リービィ(以下「リービィ」という。)及びオットー・ビー・ボッホ(以下「ボッホ」という。)がフィルム四社の全株式を取得したため、被告人は、トーキョウ・リアリティを除いたフィルム三社の全株式をリービィ及びボッホから一括して買い取ることとし、その仲介方を続けて渡辺に依頼した。

3  渡辺は、この話を株式会社ニューナカミチ(以下「ニューナカミチ」という。)の営業部長酒見耐介(以下「酒見」という。)に持ち込み、酒見において、被告人の了解を得たうえ、東京農林を表に出さず、ニューナカミチが買主となる形で、昭和五三年六月ころから右取得者のリービィ及びボッホとの間でフィルム三社の全株式の買い取り方を交渉し、昭和五三年七月六日、ニューナカミチ(実際は東京農林)がフィルム三社の全株式を一七億円で買い取ることとして、手付金一億七〇〇〇万円を支払い、残金は昭和五三年九月一八日のクロージングの際に支払う旨の売買契約が締結された。これを受けて右七月六日、ニューナカミチが、東京農林に対してフィルム三社の全株式を一七億七〇〇〇万円(うち七〇〇〇万円はニューナカミチに対する実質上の仲介料を上乗せしたもの。)で売却する旨の契約が締結され、その代金の一割相当額一億七七〇〇万円が大光相互銀行の融資を受けて東京農林からニューナカミチに支払われた。このように契約の成立をみたことから、そのころ、被告人は、東京農林より渡辺に対し、右仲介のほか、買収後の米国における役員選任手続をはじめ労働争議の解決をはかることなどの報酬として一億二五〇〇万円を更に、フィルム三社の所有不動産が一つでも売れた時点で三〇〇〇万円ないし四〇〇〇万円を追加して、それぞれ支払う旨を約し、とりあえず以上のうち三〇〇〇万円を支払った。

4  その後、昭和五三年九月一八日のクロージングを迎えたが、それまでにフィルム三社の労働争議が解決しなかったことから、東京農林は、あてにしていた大光相互銀行からの融資を受けることができなくなったため、残代金一五億三〇〇〇万円が調達できず、そのためクロージングができないまま右約束の期日を徒過した。しかし、なおもプロジェクトを断念できず、既に支払った一億七〇〇〇万円の手付金が流れることを恐れた被告人は、そのころ大光相互銀行の取締役会長であった駒形十吉から、同行の裏金一〇億円をそのダミー会社である千代田ファイナンスを介して借り受け、東京農林のダミー会社であるワールドエコノミー名義で不二家の株式の売買を行い、約二億円の利益を挙げ、そのうち駒形側の取り分一億円と元金一〇億円の合計一一億円を第一勧業銀行青山支店に高杉正義名義で預金していたことから、これを流用したほか、妻A子の株式を処分するなどして、東京農林の資金を調達する一方、当時東京農林の管理部長であった立花義信(以下「立花」という。)及び顧問弁護士のBをして、ニューナカミチを通さずに、リービィ及びボッホと直接交渉させ、その結果、昭和五三年一一月二〇日、東京農林とリービィ及びボッホとの間において、東京農林が右手付金のほかに一五億三〇〇〇万円と遅延利息など約二〇〇〇万円を支払ってフィルム三社の全株式を取得することができた。それにより、東京農林はフィルム三社の有する次の不動産(以下「本件不動産」という。)につき、これらを事実上処分しうる権能を取得した。

(一)  トーキョウ・フィルム

東京都中央区銀座三丁目二〇二番九号所在、宅地五一一・六三平方メートル及びその地上の鉄筋コンクリート六階建事務所(以下「銀座ビル」という。)

(二)  オーサカ・フィルム

大阪市北区堂島浜一丁目二二番の一及び同番の三所在、宅地合計八〇三平方メートル及びその地上の鉄筋コンクリート五階建事務所(以下「堂島ビル」という。)

(三)  ナゴヤ・オーサカ・フィルム

(1) 大阪市城東区今福西六丁目三番地所在、宅地三一五八・五四平方メートル及びその地上の鉄筋コンクリート平屋建フィルム倉庫(以下「今福倉庫」という。)

(2) 福岡市博多区博多駅東一丁目一二三番地所在、宅地一〇八七・四二平方メートル及びその地上の鉄筋コンクリート造陸屋根平屋建倉庫(以下「博多倉庫」という。)

(3) 福岡市博多区綱場町一一一番地所在、宅地四九二・〇六平方メートル及びその地上の鉄筋コンクリート並鉄骨造陸屋根地下一階付三階建事務所兼倉庫(以下「綱場町ビル」という。)

5  このようにして、被告人は、東京農林を介してフィルム三社の実質経営者となるや、役員は米国籍でなければならないとの渡辺の助言もあって、同人に依頼して、フィルム三社の役員を名義上だけではあるが、渡辺及び同人の知人で米国籍を有するハーリ・ティ・クニヒロ並びにエルマ・エス・オーシマの三名に変更するとともに、フィルム三社の日本代表を被告人の知人臼杵一郎とした。しかし、実際の業務は従業員の解雇及びこれをめぐる労働争議の解決、所有する不動産の売却、税金の申告を含む経理事務等が残されているだけであったが、これらを主として東京農林の役員や従業員に兼務担当させることとした。そして、いずれも被告人の指示を受けて、右のうち前二者を立花が担当し、残る経理事務については、場所を最終的に東京農林の前記事務所に移し、ここに必要な会計帳簿等を運び込んだうえ、当初、フィルム四社の経理担当者であった上野賢造に担当させていたが、フィルム三社の昭和五三年一二月期の決算及び確定申告の終了後は、大光相互銀行から出向していて、昭和五四年六月に同行を退職して東京農林の取締役となり、その経理を担当していた廣井忠(以下「廣井」という。)が、次いで昭和五四年一一月上旬ころからは高橋が、いずれも東京農林の女子従業員らを指揮監督しながらこれに当たっていた。

6  なお、前示のように渡辺の仲介による当初のクロージングは不成功に終わったものの、被告人は、そのころの渡辺の言動からフィルム三社の役員選任や清算、税金問題等については渡辺の協力が必要であると考え、前記報酬契約を維持することにして、残額の支払いのため、昭和五三年一一月下旬ころ、ハワイにある妻A子名義で東京農林所有のマンションを四〇〇〇万円に評価して渡辺に譲渡したほか、同年一二月七日ころには残る五五〇〇万円につき、五〇〇万円の利息を加え、六〇〇〇万円にして支払う旨を約した。

三  本件犯行に至るまでの状況

1  被告人は、これより前の昭和五三年六月ころから、東京農林の顧問税理士等を交えて、本件不動産の売却に伴う税負担を少なくするとともに、売却利益を東京農林に吸い上げる方策を検討したが実現可能な名案がなく、フィルム三社自体が売主となって本件不動産を売却する方法では、いずれも昭和二〇年代後半に取得したもので取得原価が一物件で一億円にも満たないばかりか、東京農林が支出する前記株式買取代金や渡辺に対する報酬等はフィルム三社の損金として認められないため、フィルム三社に課せられる法人税額は高額となって、本件を東京農林のプロジェクトとしてみる限り、フィルム三社が正規の法人税額を申告して納付すれば、右プロジェクトとしては赤字になることが判明した。しかるに、結論が出ないまま前記昭和五三年七月六日及び同年一一月二〇日の各契約が締結されるに至ったのであるが、結局、昭和五三年一一月二〇日ころには、被告人も右の方法によるのほかはないとし、但し、法人税については以下の方法によって免れることにした。すなわち、

(一)  フィルム三社の全株式を買い取ったのは東京農林であるのに、渡辺が東京農林の協力により買い取ってフィルム三社の実質経営者となり、法人税の申告・納税についても同人が責任者であるかのように仮装する。

(二)  渡辺は、右株式の買い取り資金を東京農林から借り受け、その担保として、フィルム三社の全株式を東京農林に提供したように仮装する。

(三)  フィルム三社は渡辺の債務を連帯保証し、その担保として、本件不動産を東京農林へ提供したように仮装する。

(四)  また、フィルム三社が負担すべき経費を除いたところの、東京農林が支払った諸費用相当分については、渡辺が東京農林から借り受けて支払ったように仮装する。

(五)  渡辺は東京農林に対し、東京農林において渡辺の右株式取得に協力したこと及びフィルム三社の労働争議の解決その他の業務に協力することの対価として手数料合計三億円を支払う旨約定したように仮装する。

(六)  本件不動産の転売利益は、順次フィルム三社から渡辺に貸付けたように仮装する。

(七)  右(二)、(四)及び(五)の債務については、右(六)の転売利益から弁済することとし、その形式として、東京農林に対して、渡辺において右(六)の借受金の中から、あるいはフィルム三社において前記(三)の連帯保証債務の履行として返済するように仮装する。

(八)  右(七)の方法により、東京農林はフィルム三社の挙げる本件不動産の転売利益を吸い上げて回収することとする。

(九)  右(八)により、(六)の転売利益はフィルム三社に残存せず、かつ渡辺にも十分な資力がないことから、フィルム三社からの税徴収は事実上も不可能となり、これによって法人税を免れることとする。

2  こうした方針に基づき、被告人は、昭和五三年一二月一〇日ころ、渡辺を東京農林に呼び出し、同人に対し、「東京農林の内部事情や銀行関係の手前、フィルム三社の全株式について、渡辺君が東京農林から資金を借りて買収した形にしたい。」などと持ち掛け、暗に前記脱税手段についての協力方を依頼し、渡辺も、フィルム三社の税金を代わって支払う意思はもとより、完納するだけの能力もないのに、日米間を往来して税務当局の追及を回避することができると考え、前記約定報酬の残額について支払いを受けたい気持もあって、依頼の趣旨を承諾し、「フィルム三社の税金の申告は自分が責任をもってやる。」、「税金の納付については税務署との交渉を引張り、東京農林には迷惑をかけない。」などと言って、納税問題が発生した場合には、渡辺が税務当局の目を誤魔化しながらフィルム三社の法人税の支払を免れるということを了承した。そこで、被告人の意向に基づき、渡辺がフィルム三社の全株式を買い取り、その実質経営者になったかのように外形を仮装するため、東京農林が渡辺に対して総額二〇億円を限度として、フィルム三社の全株式を取得する等の資金を年利一二パーセントの約定で貸し付けること、その他前示1の(二)及び(五)の約旨を記載した内容虚偽の昭和五三年七月六日付金銭消費貸借契約書が作成され、渡辺においても、これに署名、押印した。更に、そのうえで、東京農林、渡辺及びフィルム三社を契約当事者とし、前示1の(三)の約旨を記載した内容虚偽の昭和五三年一一月二〇日付譲渡担保契約書が作成され、渡辺において署名、押印した。

3  以上に従って、東京農林においては、フィルム三社の全株式取得の代金ばかりでなく、その支出に係るフィルム三社関連の諸費用もすべて渡辺に対する貸付金として経理処理するとともに、本件不動産が売却され、その代金が入金される都度、渡辺に対する貸付金ないしその利息回収の名目等で金員を収受したように処理し、他方、フィルム三社の経理処理としては、右の出金をいずれも渡辺に対する貸付金として処理するなどの架空の経理処理を行い、また、右経理処理を真正なように見せ掛けるため、フィルム三社から出金された金は、一旦東京農林で管理する第一勧業銀行西新宿支店の渡辺登名義の普通預金口座に入金したうえ、同口座から東京農林の銀行預金口座へ振り替える方法をとって、本件不動産の譲渡益を東京農林に取得させることにした。

四  本件不動産の売却

1  被告人は、立花らをして、フィルム三社の従業員全員に対し解雇の通知をさせるとともに、本件不動産の売却処分を開始し、昭和五四年六月一一日、ナゴヤ・オーサカ・フィルムの今福倉庫を代金四億〇五九〇万円で売却したが、そのころ、解雇に反対するフィルム三社従業員の労働組合(以下「労働組合」という。)が本件不動産(今福倉庫を除く。)を占拠するなどしたため、昭和五四年六月一〇日、全不動産につきロックアウトを実施したものの、今福倉庫以外は成功しなかった。そのため、銀座ビルの土地にフィルム三社共同の出資でビルを建築する計画が持ち上がり、昭和五四年中に売却された今福倉庫については、ナゴヤ・オーサカ・フィルムの昭和五四年一二月期の決算及び確定申告において、租税特別措置法六五条の八第四項二号等による買換資産圧縮引当金の繰入が計上された。なお、これを含むフィルム三社の昭和五四年一二月期法人税確定申告書は、東京農林の顧問税理士によって作成された。渡辺は、同申告書添付の決算報告書に仮装ながら自己に対する貸付金等が記載されていたことから一時躊躇したものの、結局これを前記の約束に基づき申告納付期限後の昭和五五年四月七日に所轄の後記京橋税務署に提出した。

2  同五五年に入って、未払賃金取立の仮処分に対抗するため、被告人は、不動産の所有名義を東京農林グループに属し、立花が代表取締役をしていたニッソウ化研工業株式会社(以下「ニッソウ化研」という。後に商号を株式会社協和ビルと変更。)に移転するなどの対策を講じつつ不動産の売却方を積極的に進め、昭和五五年二月二七日博多倉庫を代金四億二七七〇万円で、同日綱場町ビルを代金一億八〇〇〇万円で、また、昭和五五年七月三日堂島ビルを代金一〇億二〇〇〇万円でそれぞれ売却した。他方、労働組合との交渉を続け、昭和五五年一〇月四日、三社合計五億五〇〇〇万円の示談金を支払うことで最終的な解決をみた。

3  このように、労働組合との交渉が妥結したことから、被告人は、銀座ビルの処分に取り掛かり、前示の所有権移転登記が流用できることもあって、これを昭和五五年一〇月二日代金二〇億円でニッソウ化研へ売却したことにした。そして、この代金二〇億円のうち一四億六七〇〇万円は、トーキョウ・フィルムが東京農林に対して負担した形となっている前記連帯保証債務をニッソウ化研が引受けて東京農林へ支払ったこととし、そのためニッソウ化研がトーキョウ・フィルムに対して有する形となった求償債権一四億六七〇〇万円と右代金二〇億円のうちの一四億六七〇〇万円とを対等額で相殺したことにした。このようにして、本件全不動産の売却代金は、銀座ビルの二〇億円を加えると四一億円弱となり、この相殺で東京農林及びフィルム三社の本件プロジェクトに関する支出は、前記仮装方法の実施等により概ね全額回収されるに至った。そして右二〇億円の残代金とされる五億三三〇〇万円については、現実に資金がなかったため、右同日一応入金の経理処理はしたものの、その支払いのためニッソウ化研がトーキョウ・フィルムに対し振出日や支払期日等をいずれも白地とする約束手形三通((イ)金額二億円のもの、(ロ)同一億円のもの、(ハ)同二億三三〇〇万円のもの)を振出すこととし、これがニッソウ化研の経理をも担当していた廣井から高橋に交付された。その後昭和五五年一二月下旬になって、右の白地につき、振出日はいずれも昭和五五年一二月二六日、支払期日は右(イ)、(ロ)につき昭和五六年一月二〇日、(ハ)につき同月二六日などとそれぞれ補充された。

4  ところが、被告人は、銀座ビルを昭和五六年一月一七日ニッソウ化研から共同施設株式会社に代金二八億五〇〇〇万円で売却することにし、同日手付金及び中間金の名目で六億円が共同施設株式会社からニッソウ化研に入金された。そこで、高橋は、右約束手形三通について、予め作成保管していた「トーキョウ・フィルム・エックスチェンジ・コーポレイション、代表取締役ハーリ・ティ・クニヒロ」なるゴム印と銀行届出の駐日代表者印を押捺して裏書をしたうえ、第一勧業銀行赤坂支店のトーキョウ・フィルム名義の普通預金口座に振り込んで取り立てを依頼し、右(イ)及び(ロ)の約束手形は同月二一日に、(ハ)の約束手形は同月二六日に、いずれも現金化されて同口座に入金となった。なお、その間の同月二三日、被告人は同口座から二億九〇〇〇万円の払戻しを受けて、当時、山崎喜一らから持ち掛けられていたいわゆるM資金一〇〇〇億円の融資斡旋の運動費に当てた。このため、同月二七日現在において右口座には二億四三〇〇万円が残留していた。

5  他方、渡辺は、前示のように被告人の意図を知りながら報酬欲しさから協力してきたものの、残金支払いに不安を抱き、また自己に対する多額の貸付金が計上されるなどフィルム三社の脱税に加担して内容虚偽の契約書作成ひいては決算に関与することにつき、米国の財務当局から追及を受けることを懸念し、次第に非協力的態度を示すようになり、残金の催促も厳しくなった。そこで、被告人は、昭和五四年一〇月三一日金額一〇〇〇万円の約束手形四枚と現金二二〇〇万円(うち二〇〇万円は同手形の割引利息分)を渡辺に支払い、右手形のうち三枚は同年一二月末に現金と交換され、残る一枚も決済され、前記約定の一億三〇〇〇万円は全額完済された。しかるに、渡辺は、態度を硬化し、昭和五五年八月二〇日には、当時フィルム三社の駐日代表であった立花を被告人に無断で解任し、その後任に渡辺側につくハーリ・ティ・クニヒロを選任したほか、同年九月には、銀座ビルについて民事訴訟を提起するなどした。そこで、被告人は、昭和五五年秋ころ渡辺と話合い、三〇〇〇万円の追加報酬を支払うことを条件に、再度渡辺の協力方を取り付け、渡辺は右訴訟を取り下げた。もっとも、駐日代表者については、労働組合との交渉が妥結し、本件全不動産が処分できることになったことから、東京農林の立花よりも、渡辺側の人物が名義人になっているほうが、むしろ、渡辺をフィルム三社の実質経営者と見せかけるのに好都合であるとして、そのまま放置することとした。なお、追加報酬の右三〇〇〇万円は昭和五五年の年末までに分割して支払われた。

6  また、前示のようにフィルム三社の経理業務を担当するようになった高橋は、被告人や渡辺のこれまでの話合いなどから、前示のようなこの両名の意図や通謀の内容などを察知するに至ったのであるが、これに同調してその意図を実現するべく、渡辺がフィルム三社の実質経営者であり、東京農林は、渡辺の単なる債権者にすぎないという外形を整えるために、昭和五五年秋ころから東京農林に保管してあったフィルム三社の合計帳簿等を渡辺に引き取るように求めたが、渡辺は口実を設けて応じなかった。そこで、昭和五五年一〇月上旬ころ、高橋は被告人に対し、東京農林にあるフィルム会社の帳簿類は東京農林のほうで処分するものの、渡辺に引渡した外観を装うこととし、それに必要な書類を渡辺から徴求したうえで東京農林のほうで処分する旨指示を仰いだところ、被告人は、任せてあるんだから適当にやってくれと答えてその趣旨を了承した。そこで、高橋は、東京農林に来た渡辺に、同人がフィルム三社の会計帳簿等の引継ぎを受けた旨を示すような内容虚偽の昭和五五年一〇月六日付「フィルム関係書類一覧表」と題する書面に署名押印させるとともに、東京農林で保管していたフィルム三社の会計帳簿等を東京農林事務所前の路上にあるゴミ出し場に捨てて廃棄した。

もっとも、高橋は、右会計帳簿等の廃棄に先立ち、昭和五五年度の元帳及び試算表のコピー等を残し、その後はコピー等に基づいてフィルム三社の経理処理をして、昭和五五年一二月期の決算報告書や法人税確定申告書の案を昭和五五年一二月二〇日すぎころ作成し、なお、渡辺の要請を容れ、同人に対する貸付金の仮装計上等をハーリ・ティ・クニヒロに対する後記貸付金の仮装計上等に書き変えた。その際、法人税確定申告書添付の決算報告書をタイプするのに、東京農林のタイプを使わずに社外へ注文し、また、確定申告書についても、外部の女性に手書きさせるなどして、これらが東京農林で作成されたものではないように装った。

7  昭和五五年一二月二七日ころ、高橋は、東京都港区虎の門所在のC弁護士の事務所において、渡辺と会い、フィルム三社の全株券を同人に手渡したほか、同人に対する前記追加報酬の残金二〇〇〇万円を支払うとともに、高橋が作成した前記昭和五五年一二月期のフィルム三社の各法人税確定申告書に、右C弁護士に預けてあったフィルム三社の日本代表の印を渡辺の了解のもとに押捺し、更に、渡辺に対し、これらの申告書を所轄の京橋税務署に提出することを依頼するとともに、右コピー等、経理用のメモ、伝票等の関係書類の引取り方を求めた。これに対し渡辺は、「渡米するので一月に申告する。」と言って、米国の財務局に提出するための右各法人税確定申告書及び決算報告書のコピーを受け取っただけで、申告書そのものは受け取らず、右の関係書類の引き取りも拒否した。そこで高橋は、数日後、右各法人税確定申告書をその他の関係書類とともに近く解体工事の予定されていた銀座ビルに運び、同ビル一階の空部屋に隠しておいたが、昭和五六年初めころから同五六年六月一一日までの作業で同ビルが解体された際に行方がわからなくなった。なお、昭和五五年一二月二九日ころ、高橋は被告人に対し、右申告書の内容を報告した。

8  昭和五六年一月下旬ころ、高橋は、帰国した渡辺に対して再びフィルム三社の各法人税確定申告書を所轄の京橋税務署に提出するように依頼したが、渡辺は、決算書財産目録に、ハーリ・ティ・クニヒロに対する合計三二億三三二〇万円の貸付金や七六八五万〇三二三円の未収入金が架空計上されていることを理由に挙げて、右依頼を拒否した。

同年二月ころになって、高橋は、被告人に対し、渡辺が申告書を提出しないばかりか、受け取らないと言っている旨報告したところ、被告人は、前示の各仮装手段が講じられていて、フィルム三社に納税資金も残っていないことや、その場でも暗に高橋からフィルム三社の会計帳簿等が廃棄隠匿等されていることを聞かされたことなどから、フィルム三社の法人税を納付しない決意を更に固め、「そんなことなら申告書は出さないで抛っておけ。万一税務署が来たら、「うちは関係ない。渡辺に言ってくれ。」と突っぱね、渡辺が「東京農林の仕事だ。」といっても、契約書等をみせて「うちは金を貸しただけだ。」と突っぱねればよい。」などと高橋に指示した。このため、高橋は、渡辺の手を通してフィルム三社の各法人税確定申告書を所轄税務署に提出することを断念した。

結局、フィルム三社の右各法人税確定申告書は、申告・納付期限の昭和五六年二月末日までに所轄の京橋税務署に提出されなかった。

(罪となるべき事実)

被告人吉田泰造は、いずれもアメリカ合衆国ニューヨーク州一〇〇〇一ニューヨーク市七番街三六三番地一三階ジェレミア・ガットマン方に本店を、東京都中央区銀座三丁目九番四号に日本国内における営業所を設置し、不動産の管理等を目的とする外国法人であるトーキョウ・フィルム・エックスチェンジ・コーポレイション、オーサカ・フィルム・エックスチェンンジ・コーポレイション及びナゴヤ・オーサカ・フィルムカンパニー・インコーポレイテッドの各会社の実質経営者として売上金の保管その他の業務全般を統括していたものであるが、

第一 高橋薫と共謀のうえ、前示のようにトーキョウ・フィルム・エックスチェンジ・コーポレイション所有の銀座ビル売却代金の一部を、東京都港区《番地省略》所在株式会社第一勧業銀行赤坂支店のトーキョウ・フィルム・エックスチェンジ・コーポレイション名義の普通預金口座に入金し、うち二億四三〇〇万円を同会社のために業務上預り保管中、昭和五六年一月二七日、同支店において、同口座から右二億四三〇〇万円をほしいままに自己の用途にあてるため払戻しを受けてこれを横領し、

第二 高橋薫及び渡邉登と共謀のうえ、前記フィルム三社の業務に関し、法人税を免れようと企て、同各会社がその所有に係る不動産を売却することによって得た所得を、渡邉登に貸付けたようにするなど前示のような仮装手段で事実を虚構したほか、右各会社の会計帳簿等をすべて廃棄又は隠匿する等の不正の方法により所得を秘匿したうえ

一 前記トーキョウ・フィルム・エックスチェンジ・コーポレイションにおいて、昭和五五年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度における同会社の実際所得金額が一七億二〇一九万三五八一円(別紙(一)修正損益計算書参照)であり、これに対する法人税額が六億八七二三万七二〇〇円(別紙(四)税額計算書参照)であったのにかかわらず、右法人税の確定申告期限である昭和五六年二月二八日までに東京都中央区新富二丁目六番一号所在の所轄京橋税務署長に対し、法人税確定申告書を提出しないで右期限を徒過し、もって不正の行為により同会社の右事業年度の法人税額六億八七二三万七二〇〇円を免れた

二 前記オーサカ・フィルム・エックスチェンジ・コーポレイションにおいて、昭和五五年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度における同会社の実際所得金額が八億〇八一一万六二八七円(別紙(二)修正損益計算書参照)であり、これに対する法人税額が三億二二四〇万六四〇〇円(別紙(五)税額計算書参照)であったのにかかわらず、右法人税の確定申告期限である昭和五六年二月二八日までに前記京橋税務署長に対し、法人税確定申告書を提出しないで右期限を徒過し、もって不正の行為により同会社の右事業年度の法人税額三億二二四〇万六四〇〇円を免れた

三 前記ナゴヤ・オーサカ・フィルムカンパニー・インコーポレイテッドにおいて、昭和五五年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度における同会社の実際所得金額が六億二二七四万八五六五円(別紙(三)修正損益計算書参照)であり、これに対する法人税額が二億四八二五万九二〇〇円(別紙(六)税額計算書参照)であったのにかかわらず、右法人税の確定申告期限である昭和五六年二月二八日までに前記京橋税務署長に対し、法人税確定申告書を提出しないで右期限を徒過し、もって不正の行為により同会社の右事業年度の法人税額二億四八二五万九二〇〇円を免れた

ものである。

(証拠の標日) 《省略》

(弁護人の主張に対する判断)

一  ほ脱犯の成否について

1  弁護人は、検察官が「不正の行為」として指摘する行為を被告人が行った当時、被告人には、フィルム三社の法人税を過少に、申告・確定させようとする意思はなく、ただ単に、正しく申告・確定させた税額につき、これを納付する意思がなかったに過ぎないから、法人税ほ脱の犯意はなく、従って、たとえ被告人が検察官指摘の行為をしたとしても、それは法人税ほ脱の犯意に基づかない行為として、法人税法一五九条一項の法人税ほ脱罪を構成しないものであり、その後の事情が変わって無申告に終わったとしても、それは検察官指摘の「不正の行為」とは何ら関係のないものであって、本件において無申告ほ脱犯が成立する余地はない旨主張する。

2  そこで判断するに、関係証拠によれば、本件においては、前示認定にもあるように、会計帳簿等はなくなったものの、フィルム三社につき昭和五五年一二月期の確定申告書及び決算報告書のコピー等が渡辺の手許に残り、これが押収されたことから、検察官も、右コピー等の内容につき「本件不動産の売却代金のうち東京農林が吸い上げた分につき渡辺登貸付金あるいは未収入金(最後にクニヒロ貸付金に振り替えられている。)として計上されているほかは、実際額が正しく処理、計上されて」いるとして、これを根拠に本件の所得計算をしている。従って、その限りにおいては、被告人らにおいて当初正しい確定申告をする意思があったかのようにみられないではない。しかし、本件犯行に至る経緯等は前記「被告人の経歴、本件犯行に至る経緯等」に認定したとおりであって、被告人らには法人税を納付する意思は全くなく、本件確定申告書の提出も決して無条件のものではないのであって、前示のような仮装手段を講じたうえ、渡辺に会計帳簿等の保管や確定申告書の提出を押し付け、その陰でフィルム三社の所得を東京農林ひいては被告人自ら独り占めして、これに対する国税当局の追及を免れようとしたもので、本件各確定申告書の提出もこうした不正工作の一環に組み込まれていたものであり、これが被告人らの意図したものであることも明らかである。

そもそも、財政収入の確保は、租税債権の確定だけでは不十分であって、それが納期限内に履行されて初めて実現するものであることにかんがみると、ほ脱犯の本質は租税が納期限内に履行されなかった点にあると解すべきであり、法人税法一五九条一項の文言が「法人税を免れ」と規定していて、租税債権の具体的確定を妨げたことにあることを明示せず、手段たる不正行為についても、不当な確定申告に限定していないことなどの事情も、右の趣旨に添ったものと思われる。もとより、法人税が申告納税制度を採っていることからして、確定申告は、法人税納付に至る一過程とはいえ、租税債権を具体化し、納付を基礎付けるものであって、その重要性を看過することはできないのであるが、右のようなほ脱犯の本質に照らして考えると、法の予定する確定申告とは、あくまで正当な納付を前提にしたものといわざるを得ない。本件のように、納期限内の納付はもとより、徴収に応ずる意思も全くなく、確定申告書の提出がそのための不正手段の一環とされているような場合には、こうした確定申告は、民事上の効果は別論として、刑事上は無申告にも等しいものというべきであって、もはや申告納税制度の予定する正当な確定申告に程遠いものというのほかはない。少なくとも、このような不正手段による税の不納付も又、法人税法一五九条一項にいう「税を免れる」場合に該当すると解するのが相当である。

してみれば、こうした意味でのほ脱の犯意が帳簿の隠匿・廃棄を含めた前示各不正手段の当初から被告人らに生じていたことは、前記認定の事実関係に照らしても明らかであって、たとえ、本件無申告ほ脱の意図がこれら不正手段の後に生じたものであるとしても、「税を免れる」意図がその前後にわたって継続していたことに変わりはないから、被告人らについて当初からほ脱の犯意を認めるにつき妨げになる事情はない。このようにして、被告人らは、終始ほ脱の犯意をもって、当初、確定申告書の提出を含めた不正手段によるほ脱を意図・共謀し、途中で無申告によるほ脱に切り替えたものであるから、その前後を通じて被告人らのほ脱の犯意・共謀に欠ける点はないうえ、前示認定のような事実関係の下では、前者の意図の下での不正手段は、後者の下でも、なお手段性を失わないと解するのが相当であり、前示認定の不正手段が法人税法一五九条一項にいう「不正の行為」に該当することも明らかといわなければならない。

弁護人の主張は採用できない。

二  所得計算に関する主張について

弁護人は、次の1ないし3の各支出は、いずれもフィルム三社の所得金額の計算上損金に算入されるべきである旨主張するので、以下順次判断する。

1  東京農林に支払った業務代行手数料三億円

(一)  弁護人の主張 フィルム三社は、その所有に係る本件不動産の売却等、経営の一切を東京農林に代行させ、その対価として業務代行手数料三億円を東京農林に対して支払うことを約したところ、東京農林では、高橋、立花らに、フィルム三社の労働組合との交渉、不動産の売却等業務の一切を実行させ、昭和五五年一二月末日までにその業務は完了した。そこで、フィルム三社は、前記契約に基づき、東京農林に業務代行手数料三億円を支払った。

(二)  判断 およそ、親子会社、従属関係やグループ関係にある会社など、資本その他の面で、前示認定のような関係にある会社間において、ある会社の役員や従業員が相手会社の業務を代行するなど無形の役務を提供した場合において、その手数料すなわち対価をいずれの会社で負担するかについては、右両会社間の契約によって決定されるべき事柄であり、その結果として、必ずしも常に有償でなければならない筋合いのものではなく、所論指摘のように、税法上否認される場合のあることを別とすれば、無償の役務提供であっても何ら差し支えないと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前示認定にもあるように、本件不動産の売却、労働争議の解決等フィルム三社の業務を、東京農林の役員や従業員が行っていた事実は否定し難いところであり、フィルム三社が東京農林の右行為に対して対価を支払う旨の約束を明示する書面とはいえないものの、渡辺と東京農林との間で作成された前記昭和五三年七月六日付金銭消費貸借契約書の一一条において、「乙(渡辺のこと、以下同じ。)が甲(東京農林のこと、以下同じ。)に対し、乙と本契約外売主との売買契約が甲の協力により締結されたとき本契約第八条その他本件各会社(フィルム三社のこと、以下同じ。)の業務に対する協力の対価として金三億円を支払うことを約した。」と規定し、同八条には、「甲は乙に対し、乙が本件株式を取得したことに伴ない本件各社の労務問題を乙と協力して解決す。」などと規定していることからして、実質経営者の外観を有する渡辺の名義でもって、フィルム三社から東京農林に対して業務代行手数料三億円の支払を約したものととれないものでもない。

しかしながら、右金銭消費貸借契約書の作成経緯は前記認定判示のとおりであって、業務代行手数料三億円を支払う旨の右規定が真の目的とするところも、渡辺がフィルム三社から三億円の貸付を受け、更に渡辺から三億円の業務代行手数料を東京農林へ支払うことによって、フィルム三社の利益となる三億円を渡辺を経由して東京農林へ吸い上げて回収し、もって三億円に対する法人税の課税を事実上不可能にしようとすることにあって、業務代行手数料を支払うことにあったものではなく、これが虚偽の経理処理を文書化したものであることは明らかである。そもそも、関係証拠を検討しても、右三億円が果して業務代行の対価として数額的に適正であるかも疑わしく、これに徴しても有効な契約条項でないことは明らかである。加えて、前記業務代行は、フィルム三社の資産内容を高め、ひいては、その全株式を保有している東京農林に利益をもたらす意味においても、親会社たる東京農林自体の業務としての性質を兼ね備えているといえないではなく、その対価を東京農林が負担したからといって、別段不自然であるとはいえない。そして、関係証拠とくに被告人の当公判廷における供述によれば、東京農林グループ内の会社間における経費の分担ないし配分については、グループ各社の代表者ないし経理担当者の協議によるとされており、その協議結果がそのまま各社で公表計上されていることが認められ、前記代行業務に関しても、フィルム三社の業務に必要な旅費、交通費、その他の経費は、すべてフィルム三社で支出した経費として帳簿に公表計上されていることが認められる。これに対し、右業務代行手数料三億円分については、渡辺に対する貸付金として計上処理されているにとどまるのであって、それにもかかわらず、この三億円をフィルム三社の経費とみなす余地はないといわなければならない。

以上のことからして、東京農林とフィルム三社との間に、業務代行手数料三億円の支払につき約束があったものと認めることはできないし、その他これをフィルム三社の昭和五五年一二月期における損金とみなすべき事情も見当たらない。

よって、業務代行手数料についての弁護人の主張は採用できない。

2  アトリエモルフに支払った設計料四〇〇〇万円

(一)  弁護人の主張 フィルム三社は、その所有に係る本件不動産の一部を売却し、その売却代金をもって、銀座ビルの所在地にフィルム三社で共有する新ビルを建設することを企図し、その設計をアトリエモルフに依頼した。アトリエモルフが、その新ビルの設計を完了したので、設計料四〇〇〇万円を、ニッソウ化研がフィルム三社に代わってアトリエモルフに対して立替払いをしたから、右設計料四〇〇〇万円は、本来フィルム三社の負担となるものである。

(二)  判断 銀座ビルの土地にいわゆる自社ビルを建築する経緯については、前示認定のとおりであって、一時はフィルム三社の共同出資によるビルの建築が計画され、一部これに沿った経理処理も見受けられるものの、関係証拠によれば、昭和五五年一〇月二日、ニッソウ化研において銀座ビルを取得することとされた以降においては、ニッソウ化研が、銀座ビルの所在地に東京農林グループのための新たな自社ビルを建設することにして、昭和五五年一一月二九日アトリエモルフとの間で契約を締結し、この約旨に基づき設計料四〇〇〇万円につき、昭和五五年一二月一〇日に八〇〇万円、昭和五六年一月二〇日に一二〇〇万円、同年六月一〇日に二〇〇〇万円がそれぞれニッソウ化研からアトリエモルフに支払われ、右金額がニッソウ化研の経費として計上されていることが認められる。これに対して、フィルム三社で負担すべき支出は、フィルム三社のそれぞれの経費として処理されているにもかかわらず、右設計費用四〇〇〇万円については、フィルム三社の経費として公表計上するのに何等の支障は存しないのに計上されていないことが認められる。また、仮に、銀座ビルがフィルム三社共同出資のビルとして建築される場合であっても、東京農林グループ内における経費分担等に関する前記認定判示の事情に鑑みると、その設計料をニッソウ化研に負担させることをもって、直ちに不自然ということはできない。いずれにしても、本件において右の四〇〇〇万円がフィルム三社の昭和五五年一二月期における損金とみなすべき事情は見当たらず、弁護人の主張は採用できない。

3  渡辺に支払った報酬一億〇八九〇万円

(一)  弁護人の主張 東京農林が渡辺に支払った一億六二〇〇万円から、東京農林が負担すべきフィルム三社の全株式買収に関する斡旋等の手数料相当額(買収価額の三パーセント)五三一〇万円を控除した一億〇八九〇万円は、渡辺がフィルム三社の役員として同社の税金、労働問題を処理する等、フィルム三社の業務に従事することに対する報酬であって、これを東京農林において立替えて支払ったものであるから、最終的にはフィルム三社の負担となるべきものである。被告人が渡辺に委任した業務の報酬として右金員が支払われたことは、被告人と渡辺との間で作成された昭和五三年一二月一七日付覚書によっても明らかである。

(二)  判断 渡辺に対する報酬支払いに関する契約締結の経緯、内容、履行状況等については、前示認定のとおりであって、その支払いは東京農林ないし被告人において約束したものであり、フィルム三社が約束したものでないことは明らかであって、こうした支払いが当然にフィルム三社の損金になるものとは考えられない。しかも、支払い金額のうちフィルム三社の株式取得に関する仲介手数料は、フィルム三社の業務に該当しないから、その分に相当する金額がフィルム三社の損金として計上する余地のないことはいうまでもない。しかも、その金額につき弁護人は買収価額の約三パーセントに相当する五三一〇万円にすぎない旨主張するが、関係証拠によれば、渡辺は仲介業務として米国にまで交渉に赴いているなどの事情が認められるのであって、弁護人主張の金額が妥当な最高限度であるとする直接の根拠を見出すことはできない。また、昭和五三年七月六日ころの約束のなかで、たとえ、労働問題を解決することの報酬が含まれていたとしても、これが不調に終ったことは前示認定のとおりであり、その後渡辺において格別労働問題の処理に当たった事跡は認められないから、いずれにしても、労働問題の処理に関して渡辺に対し、フィルム三社が負担し、従って、その昭和五五年一二月期における損金に計上できるような手数料は発生していないといわなければならない。所論覚書も、右の結論を左右するものとは思われない。

もっとも、フィルム三社の役員選任や税金問題の処理等については、渡辺もその業務に関係していたことが認められるが、その関与の趣旨、態様は前示認定のとおりであって、フィルム三社の法人税を免れるためのものであるから、フィルム三社の正常な業務に関連して必要なものとは到底いえず、たとえその対価としての支払いがなされていても、経費性ひいては損金性を肯認することはできない。

その他、渡辺がフィルム三社の業務に関与していた事実があるとしても、同人に対する報酬支払いの趣旨は前示のとおりであって、東京農林ひいては被告人の立替払いを容認し、フィルム三社の経費ないし損金として転嫁・是認しなければならないような事情は見出せない。

弁護人の主張は理由がない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法二五三条、六〇条に、判示第二の一ないし三の各所為はいずれも行為時においては昭和五六年法律第五四号による改正前の法人税法一五九条一項、刑法六〇条に、裁判時においては改正後の法人税法一五九条一項、刑法六〇条にそれぞれ該当するが、犯罪後の法令により刑の変更があったときにあたるから、刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち六〇日を右の刑に算入することとする。

(量刑の事情)

被告人は、いわゆる大光相互銀行事件において、同銀行の不良貸付先として問題となった東京農林の実質経営者で、更に東京農林を通じて米国ニューヨーク州法人たる本件フィルム三社の全株式を取得したものであるが、本件犯行は、このフィルム三社の実質経営者である被告人においてフィルム三社の業務に関し、合計三一億五一〇〇万円余の所得を秘匿し、合計一二億五七〇〇万円余の法人税を免れるとともに、実質経営者たる自己の立場を利用して、右三社のうちのトーキョウ・フィルムが銀座ビルを売却して得た金員の中から二億四三〇〇万円を業務上横領した事案で、その脱税額及び横領金額とも多額であって、生じた結果は重大といわなければならない。また、本件犯行に至る経緯やその態様は判示のとおりであるが、被告人は東京農林の顧問税理士等を交えて検討した結果、正しく納税していたのでは本件不動産の売却から多額の利益を挙げることが不可能であることを知ったにもかかわらず、右売却益を秘匿することにより、フィルム三社で確定申告をしながら法人税の納付は逃れるという本件脱税の方法を案出したもので、その方法は複雑巧妙かつ大がかりであって、税務当局の調査等にも十分耐えられるように工夫を練り、内容虚偽の徴憑書類等を整備して、いわば予想される税務当局の追及に真正面から対抗しようとしたもので、結局はいずれも無申告のままで終わらせており、大胆な犯行といわなければならない。更に、被告人は領得した金員を、宝石類等の購入代や価格六億円のマンションの購入代の一部にあてるなどしていて、フィルム三社の高額の租税債務や東京農林の巨額の債務を尻目に、その私生活は豪奢ともいうべきものであったほか、昵懇であった女性の関係するD株式会社への貸付などにも使用していたものである。このような事情を考慮すれば、犯情は悪質であって被告人の刑責は軽視できない。

なお、弁護人は、本件業務上横領について、フィルム三社の株式取得資金は被告人やその家族が調達したものであるから、「他人の物を横領するという認識が薄かった」旨主張するところ、右資金調達の経緯は前示認定のとおりであって、被告人らによる調達を認めるにやぶさかでないが、関係証拠によれば、そのうち一一億円は大光相互銀行よりの裏金一〇億円とその運用利益の一部一億円を合計したもので、昭和五四年二月一日東京農林の大光相互銀行(名目はダミー会社千代田ファイナンス)に対する債務として計上処理されるに至っており、また、被告人の妻A子の出捐も東京農林に対する貸付金として処理されるに至っていることなどが認められるのであって、本件横領は、被告人において、このような事情を知った後の犯行であることに鑑みると、被告人の認識が所論のようなものであったかは疑わしく、たとえ被告人がそのように認識していたとすれば、かえって被告人の公私混同が甚しいことを物語るものとすらいえる。

また、弁護人は、トーキョウ・フィルムは解散を待つばかりの会社であって横領により被害を受ける一般株主や債権者はいない旨主張するが、同社に対しては前示にもあるように多額の租税債権が認められるうえ、同社に清算所得が残るとすれば、その株主である東京農林に帰属すべきところ、東京農林は被告人が保有しているとはいえ、大光相互銀行に対する巨額の債務等があり、トーキョウ・フィルムの株式取得資金も大半は前述のように結局大光相互銀行の負担に帰していたのであるから、本件横領による被害の影響を過少に評価することは許されない。更に、弁護人は、本件法人税法違反について、フィルム三社が東京農林と合併したり、あるいはフィルム三社が清算手続に入っておれば、課税を受けないが、受けていても、僅少にとどまったのであるから、本件による課税権の侵害は実質上なかったものといえるなどと主張する。しかし、前示認定のように、フィルム三社は米国ニューヨーク州法に準拠して設立された外国法人であって、これが内国法人である東京農林と合併することは法律上許されないと解するのが相当である。また、外国法人については、内国法人解散の場合と異なり、その設立準拠法上の手続により解散した場合でも、国内源泉所得に該当する所得がある場合には、わが法人税法上はこれを清算所得とみず、なお通常の法人税が課税されるべきものと解すべきである。そもそも、被告人は、こうした渉外的法律問題や税法上の問題について、これを専門とする弁護士や税理士などの助言を得る機会が十分にあったにもかかわらず、脱税すれば巨額の利益が手許に残るものと考え短絡的方法に走ったものということができる。

しかし、被告人が本件犯行に及んだのは、無計画にフィルム三社の全株式の取得に手をつけ、手付金等として支払った一億七七〇〇万円を惜しむ気持もあって深みにはまっていった事情も見受けられ、共犯者渡辺登の言動に誘発された面などもあって、被告人が中心であったことは否めないとしても、犯行の責任を挙げて被告人ひとりが負うべきものとも思われない。また、本件業務上横領については、前述のようにフィルム三社の株式取得資金の大半につき、被告人において当初これを立替負担していたという安易な気持があったことも否定できない。脱税による利得のすべてをひとり占めしたわけでもない。加えて本件を帰属の主体を無視し東京農林のプロジェクトとして見る限り、フィルム三社の所得は合計九億円台にとどまるのであって、こうした結果を予知しながら、脱税をすれば多大の利益を挙げられるものとして、あえてほ脱の犯行に及んだ点は厳しく非難されなければならないにしても、右のような事情も又、被告人のために考慮すべきものといえる。加えて、被告人は、本件を反省し、横領した金員で購入した宝石や毛皮類等はもとより、自宅や家族の居宅などを処分して、横領金の弁償の趣旨を含め今日までに二億八千万円余をフィルム三社のために納税し、残余の税額についても納税に努力している。その他、相当期間勾留され、本件が新聞等に報道され、それなりの社会的制裁を受けていることや、被告人の身上、経歴やこれまで前科、前歴もないことなど被告人に有利な事情を勘案しても、前示のような犯情に鑑みれば、被告人に対しては主文掲記の程度の実刑は止むを得ないものといわなければならない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小瀬保郎 裁判官 原田敏章 原田卓)

〈以下省略〉

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